私は離婚は悪ではないと思う

去年、私は離婚を経験した。つらいことも多かったし、大変だったが今思えば経験することで大きくなれた。何より今が楽しいと思えることが離婚を正当化できるものかもしれない。結婚後、すぐにお互いを干渉しなくなった。信頼関係が出来たといえば、聞こえがいいかもしれない。しかし、私は居心地が逆に悪くなった。相談する意味もなくなり、1人でごはんを食べる機会が増える。それでも、生活が成り立つ。結婚の意味を考えるようになる。1人で生きていけるんじゃないかなんて。こんな考えを起こすようになると、やっぱりすれ違いも増える。そして私は、離婚を決断する。

そうなってしまった時には、周りのことは考えなる。親のことや親戚のこと。どう報告しようなど、考えることもなく、ただ別れたいという一途な気持ちになった。しかし、離婚は簡単なものだ。お互いこんなにも気持ちが離れてるのに、慰謝料を払わないと別れられないのである。調停へと話は展開する結果になった。裁判所に自分が行くことになるとは。犯罪をしまわけではないのに。これはもう、自分の中で負けられないと思った。調停では、いろいろな話をする。どちらがいいだした事なのか、まるで事情聴取だ。そして何より話が進まない。調停はひと月に一度くらいの頻度で1時間しか行わないのである。私は、弁護士をお願いした。高くつくかもしれないが、慰謝料を抑えられるのなら弁護士に頼むべきなのではという結論で頼む事にした。ひと月に一度でも、平日にしか行わない調停に毎回時間を合わせるのも大変。このために有給が消えるのも嫌だ。ここから、調停のペースが上がる。やはり、餅は餅屋である。自分の希望を伝えるとともに妥協点も伝え、代理で出席してもらう。その二ヶ月後、弁護士が離婚成立しましたよと電話が入りホッとした。最初は離婚時の慰謝料に税金がかかるのかどうかも分からなかった。

結婚するという重さを、わかってはいたつもりだったが、離婚する事になって気がついた。離婚にかける時間は、とても長く感じる。でも、我慢して暮らす時間を短くしその後、自分らしく生きられるのなら離婚するべきだと思う。周りにたくさん迷惑をかけてしまった。これからは、迷惑かけた人たちへ少しでも喜んでもらえる行動をしていければ、周りも私もハッピーになれる。離婚は悪ではない。決断できないことこそ悪だと思う。